
夢は日々元気に死んで行く
ミュージシャン: ボーカル&アコースィック・ギター:友川かずき ベース:吉沢元治 ピアノ/シンセサイザー/アコーディオン/マンドリン:永畑雅人 英訳:大関直樹 プロデューサー:生悦住英夫 エンジニア:井原征則 ジャケット絵:友川かずき デザイン:荒井康祝 録音場所:スタジオ「J」 デビューから25年目にして最大の問題作。もともと宴会芸として出鱈目な英語でブルース(?)をうなることはあった友川かずきだが、「日本語にこだわり続ける歌手」というイメージが強かったことは否めない。その彼が7曲中4曲を英語で歌っているというので、とまどったファンもいることだろう。しかしそのとまどいも実際に聴いてみたら消えたのではないか。英詩には友川かずきの歌から「渋み」を引き出し、それを強調する効果があったのだ。また、楽曲が聴き手を限定しない洗練されたものであることを、わかりやすく示してもくれた。 英詩の曲の中では、血しぶきの上がりそうなタイトル曲がメインだろう。詩の中にある「サックスの天才」とは、友川かずきが1990年ごろ絶賛していた阿部薫のことだろうか(友川かずきは阿部薫のCD『阿部薫ソロ・ライブ・アット・騒 Vol.2』にエッセーを寄せている。DIW-372)。 英語にばかり注意が向きそうになるが、日本語の「遊行」が絶品である。ほのかな官能と透明な倦怠感が、清水のせせらぎのように心地よい。この曲では特に、永畑雅人のピアノにもじっくりと耳を傾けてほしい。彼ほど無駄な音を弾かない、沈黙の重みと、それに釣り合うだけの一音一音の重みを聴き手に意識させるピアニストはそうはいないのではないか。 英語の話題に戻るが、このCDを初めて聴いたとき、伏線と思われる出来事を思い出したので紹介しておこう。 1990年ごろ、銀座での個展の帰りだった。例のごとく立ち寄った居酒屋には、友川かずきと、現在小説家になっている清水博子(1997年、『街の座標』ですばる文学賞を受賞。当時はまだ学生だった)、その友人の女の子、そして筆者がいた。酒席で友川さんは「言葉の意味なんてわからなくていいのよ。音が美しければいいの。」と例の秋田訛りで語り、清水博子の友人がたまたま外国語に堪能だったので、彼女に英語だったか仏語だったかを適当に耳元でささやかせ、うつむいてそれに聞き入っていた。 1993年ごろ、友川さんが「あのボブ・ディランが女の子と歩いている写真はかっこよかった。あれをもういっぺん見たい。」と言うので、『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のCDを持って川崎のアパートを訪れたことがあった。びっくりしたのは、その折にアパートに1台しかないギターをプレゼントされかけたことである(無論断わった)。 その後筆者の足は一時期ライブ・ハウスから遠のくのだが、その間に友川さんが「朝日のあたる家」を歌っているという噂を聞いた。「朝日のあたる家」が収録されているのは『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』ではなく、ファーストの『ボブ・ディラン』だから直接は関係ないのかもしれないが、友川さんには意識していたにしろしていなかったにしろ歌詞の新しい方向性を模索していた時期があって、そのときたまたま手近にあったのがディランの音楽だったのではないか。彼の家にはオーディオ・セットなど、ない。とにかく普段は音楽を聴かない人で、自分でレコードやCDを買い求めたりはしないのだ。ところが、公表されてはいないが、彼は「朝日のあたる家」以外にもディランのレパートリーをカバーしていて、その曲は『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録されているのである。 以上のような出来事があったのち、彼は1995年に歌詞に英語を取り入れた「グッドフェローズ」を発表、そして1998年に本作を発表した。 筆者が言いたいことはおわかりだろう。否、英訳を担当した大関直樹君が最も的確に代弁してくれたというのが正しい。彼は言った。「あれはオノマトペアですから」。
专辑歌曲列表
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日语 大小:3.21 MB
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日语 大小:2.58 MB
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日语 大小:3.69 MB
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日语 大小:3.28 MB
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日语 大小:3.18 MB
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日语 大小:9.34 MB